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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11008号 判決 1956年8月08日

原告 望月宏行 外一名

被告 中田正三郎 外二名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告等は原告等に対し左記謝罪広告を朝日新聞、読売新聞の七ページ(四枚印刷)に見出を一号、記事を三号活字を以て三日間掲載し、且つ連帯して原告両名各々につき金五十万円ずつの支払をせよ。

謝罪文

私共は貴殿両名が東京温泉香水風呂に入浴中密かに之を撮影し、大衆をして恰も右温泉場の雇女とエロチツクの関係あるかの如く推測し得る様等、昭和二十九年十一月号なる写真サロンの写真版及び九七ページに掲載し、貴殿両名の人格を毀損したるは誠に申訳なく、ここに謹んで謝意を表示する。

中田正三郎

玄光社事

北原正雄

東京温泉株式会社

望目宏行殿

佐野幸男殿」

との判決を求め、

請求原因として、「原告望月宏行はリツカーミシン株式会社の監理課長、原告佐野幸男は同会社の管財課長であり、被告東京温泉株式会社(以下東京温泉と略称する)は肩書地において大衆風呂、個別風呂、香水風呂等の浴場を経営するもの、被告北原正雄は玄光社の名で写真雑誌「写真サロン」を発行するものである。

原告等は昭和二十八年十一月中被告東京温泉内の香水風呂に入浴したが、原告望月が同浴室内の蒸し風呂に入り、原告佐野は満員のため入口で順番を待つていたところ、被告中田正三郎は密かに右浴場における原告両名及びミストルコと呼ばれる被告東京温泉雇用のサービスガール等の姿態を撮影し、被告北原正雄は右写真を自己の発行する「写真サロン」昭和二十九年十一月号の写真版(甲第一号証の二)及び九七ページ(同号証の三)に「東京温泉」なる標題のもとに掲載し、後者には「ボンヤリと順番を待つ肥つた人(原告佐野)の表情、真中にいる半裸のサービスガールが一寸エロテイツクでおもしろい」なる記事をも附加し、一面東京温泉の宣伝をなし、他面原告両名が恰かもエロチツクの行為を為すものの如き感を一般大衆、とりわけ原告等の勤務する会社の社員に与え、原告等の名誉を毀損した。

被告東京温泉はその営業の特質上、外部の者等をして浴客の姿態等をのぞき見させないように設備を施し、かつこれが看守をなすべき義務を負うにもかかわらず、前記のように被告中田をして原告等の写真を撮影させるか、しからずとするもその機会を与えたことは、前記義務に背き、軽犯罪法違反の犯罪すら構成し、少なくとも被告中田の同法違反の行為を幇助する違法行為である。右写真を撮影した被告中田、これを雑誌に掲載して公表した被告北原の各行為と相まつて、三者各々の故意過失に基き、共同して原告の名誉権を侵害する不法行為であると云わなければならない。

原告等の勤務するリツカーミシン株式会社は、資本金一億円、従業員二千人以上を擁し、原告両名はいずれも同会社において監督者の地位にあり、内外に対してその品位信用に関する社会的声価を有するが、前記のような写真や記事が公表され、広く原告等を知る人の間に評判となつたため、原告等はその弁解に苦しみ、社会的信用評価を著しく失墜し、ために精神上多大の損害を受けた。これが回復の方法として、被告等は原告に対し、請求の趣旨に表示するような謝罪広告をするほか、原告等が被つた損害の賠償のため、少くとも原告両名に対し各々金五十万円ずつの支払をなすべき義務がある。よつてここに右謝罪広告及び損害金の支払を求める。

なお本件撮影について原告等が承認又は黙認した事実はない。」と述べた。

被告中田訴訟代理人は、まず本案前の抗弁として、「原告等は中田正三郎個人を被告として本件訴を提起したが、被告中田が原告主張の写真を撮影したのは個人の資格でしたものではなく、米国イーストウエスト写真通信社の写真撮影部員として同社マネージヤーの引卒指揮の下にしたものである。又写真が原告主張の雑誌に掲載されたのも、同通信社がこれを商品として売つたためであつて、被告中田は何等これに関係していない。従つて本訴は米国イーストウエスト写真通信社を被告とすべきであつて、被告中田に対する訴は当事者適格を欠く者を被告とする訴であるから、却下されるべきである。」と述べ、次に、被告三名訴訟代理人は、

「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」

との判決を求め、

答弁として、「被告東京温泉が原告主張の香水風呂等の浴場を経営し、被告北原が原告主張の写真雑誌を発行している事実、被告中田が昭和二十八年中右香水風呂内において、原告主張のような(それに原告両名が写されているとの点を除く)写真を撮影した事実及び右写真が雑誌「写真サロン」昭和二十九年十一月号の写真版及び記事中に掲載され、且つそれに原告主張のような説明が附加されたことは認めるが、原告両名の身分職業の関係及び右撮影の時に両名が右香水風呂に居合せたことは知らない。本件写真撮影が密かに行われたこと及び被告三名の故意又は過失による写真撮影及び誌上掲載により原告等の社会的信用評価が毀損され、原告等が精神上多大の損害を受けたという事実は否認する。」と述べ、

被告中田訴訟代理人は、「被告中田は、外務省の許可を受けて外国報道関係業務を営む米国イーストウエスト写真通信社の写真撮影部員として、同社マネージヤーの指揮の下に行動しているものであつて、昭和二十八年六月二十三日午後四時三十分頃から約一時間にわたり東京温泉トルコ風呂において本件写真を含む多数の写真を撮影したが、それも同社マネージヤーのホーレス、プリストル・ジユニアに引卒され、かつ東京温泉の渉外部長重村実を通じて同会社の許可を得た上、同人及び渉外部員一名立会のもとに行われたものである。それは元来その頃来日していた有名な米国黒人ジヤズ合唱団デルタ、リズム、ボーイズ(四名)の東京温泉における行動を取材撮影するのが目的であり、それを他の浴室のサービスガール達も珍しがつて多数集まり見物していた程で、本件撮影は公然とかつ前記のように一時間余の長時間にわたり行われた。然かも本件写真中の人物が原告等であるとすれば、被告中田と原告等とはきわめて近距離にあり、原告等は自分達も撮影されることは十分これを認識していたのである。

原告等はその撮影及びこれがその結果当然公表されるに至るべきことを認識し得たにも拘らず、これを拒否しなかつた。また被告三名の間には本件撮影及び雑誌掲載について全然共謀の事実がなく、被告中田は本件写真が公表されたことには関係がない。被告の勤務する写真通信社が被告北原に対し商品としてこれを売つたため、それが「写真サロン」誌上に掲載されたに過ぎない。」と述べ、

被告北原訴訟代理人は、「本件写真撮影及び掲載につき被告三名が共謀した事実はない。被告北原の発行する写真雑誌「写真サロン」はかねてから「新鋭作家傑作集」と銘打つて新人写真作家の作品を連載紹介してきたが、新進気鋭のプロ作家として知られている被告中田の作品をも紹介すべく、同人の勤務する米国イーストウエスト写真通信社より本件「東京温泉」ほか二点の写真を商品として買入れて掲載したものであつて、そこには東京温泉の宣伝の意図もなく又そのために利益を得たような事実は全くない。

原告等は本件写真が密かに撮影されたと主張するが、本件写真自体によつて明らかな如く、原告等は撮影されることを意識していたものであつて、もし撮影されることを欲しなかつたならばこれを拒否できたのにも拘らず、あえて拒否しなかつたものである。雑誌「写真サロン」は被告北原が編集兼発行人として、アマチユア写真家の写真技術の向上を計るため、写真技術の指導を主たる目的とする写真雑誌で、写真界でも最も上品なものであることは定評があり、「エロ」「グロ」を売りものとする雑誌ではない。本件写真の説明に「半裸のサービスガールが一寸エロテイツクでおもしろい」などと書いたのは訴外渡辺好章であるが、右記事は同人の鑑賞であつて、鑑賞は個人の主観的な判断で、一般的な解説とは異なる。又この記事中の「エロテイツク」云々とはミストルコの肢体をいうのであつて、原告両名が何んらかのエロ行為をしようとか又は為したとかの意味でないことはもちろん、一般人も亦右写真にエロを感ずるものではない。」と述べ、

被告東京温泉訴訟代理人は、「被告東京温泉が被告中田をして浴場の客を密かに撮影せしめ、又はその機会を与えた事実はなく、本件撮影にあたつては渉外部長重村実及び同部員池田勝彦を立会わせ、浴場にいる全部の客に対し報道写真の撮影が行われる旨を告げ、その了解の下にかつ公然と撮影されたものである。被告東京温泉の浴場においては映画俳優等の有名人を対象とする写真撮影が行われることがよくあるが、被告会社はその都度係員等をして浴客一同の了解を得させた上、撮影を許可しているものであつて、被告会社が一種の銀座名物となつている以上、浴場内で撮影されることあるも避け得られないところであり、右の如く浴客の了解の下に撮影の機会が与えられたからと云つて、直ちに原告主張の如き違法な行為となるものではない。また被告会社は本件写真を被告北原に対し被告会社の広告宣伝のため雑誌に掲載することを依頼した事実はない。本件写真が「写真サロン」に掲載されることも予想しなかつたところである。」と述べた。

<立証省略>

理由

まず被告中田の本案前の抗弁について考えるのに、本件訴訟は被告中田個人の不法行為を請求原因とするものであつて、同被告をして右行為をなさしめた者の責任を追求するものではないから、被告中田が右行為を原因として不法行為の責任を負うかどうかは別論として、本訴につき同被告に被告適格がない、との同被告の抗弁は理由がない。よつて本案につき判断する。

被告東京温泉が肩書地において香水風呂等の浴場営業を経営し、被告北原が玄光社の名で写真雑誌「写真サロン」を発行する者であること、被告中田が昭和二十八年中右香水風呂内において、原告主張のごとき(それに写されているものが原告両名であるとの点を除く)写真を撮影し、右写真が「東京温泉」なる標題のもとに被告北原が発行する右「写真サロン」昭和二十九年十一月号の写真版及び同誌九七頁に、後者には原告主張のごとき記事が附加して掲載されたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いなき甲第一号証の一、二、三、原告両名本人尋問の結果により成立を認め得る同第三号証の一、二、証人池田勝彦の証言、原告望月宏行、同佐野幸男及び被告中田正三郎の各本人尋問の結果を綜合すると、原告両名はリツカーミシン株式会社に勤務し、原告佐野は管財課長、原告望月は監理課長の職にある者であるが、原告両名は昭和二十八年六月二十三日午後被告東京温泉に立寄り同温泉内の香水風呂に入浴したが、原告望月が先ず同浴室内の蒸し風呂に入り、原告佐野は満員のため順番を待つて入口に立つていたところ、被告中田が米国イーストウエスト写真通信社の写真部員として当時来日中の米国黒人合唱団員の同温泉内における動静を撮影すべく、同所を訪れており、同日午後四時三十分頃偶々右香水風呂に居合わせた原告両名も黒人及び「ミストルコ」なる同浴場のサービスガールとともに本件写真に撮影され、それが前記のように雑誌「写真サロン」昭和二十九年十一月号写真版(二十三頁)に「東京温泉」という題で掲載され(甲第一号証の二)、且つその九七頁にも右写真を再掲すると共に、「ボンヤリと順番を待つ肥つた人(原告佐野のこと)の表情(中略)真中にいる半裸のサービスガールが一寸エロテイツクでおもしろい、<以下省略>」(同号証の三)と説明されたものであることが認められる。

原告両名は右浴場内の撮影が密かに行われたものであると主張するので、この点について考察する。

証人池田勝彦、同重村実の各証言、被告中田本人尋問の結果によれば、本件撮影は被告中田が東京温泉における黒人ジヤズ合唱団員の行動を取材撮影し、報道写真を得る目的で、予め被告東京温泉の渉外部長重村実の許可を得て、かつ重村及び渉外課員池田の立会の下に行われたものであり、重村は浴場内の全部の客に対し、これから報道写真の撮影が行われる旨を告げ、また撮影中に入つてくる浴客に対しては池田が浴場入口で、いま浴場内で通信社の人が写真を撮つている旨を告げたこと、東京温泉では度々報道写真の撮影が行われるが、被告会社としては常に前記のように浴客の注意を喚気し、撮影されることを好まぬ客に拒否又は退避の機会を与えていたこと、及びこの時被告中田は首より二箇のカメラを下げ、背広を着、写真報道員なることを表示する腕章を巻き、ズボンの裾をまくる等凡そ浴場内の浴客とは似つかぬ恰好をしていたことが認められる。また検証の結果と前記甲第一号証の二、三を対比すれば、右写真撮影当時原告等と被告中田が立つていたと認められる位置相互の間隔は近距離であり、その中間には視界を妨げる障害物も置かれていなかつたことも明らかである。更に被告東京温泉の香水風呂内で撮影された写真であることに争いがなく、且つ被告中田本人尋問の結果により同人の撮影にかかるものであることが認められる乙第四乃至第十二号証及び被告中田本人尋問の結果によれば、同日の撮影は約一時間の長時間に亘り黒人歌手やミストルコ等を中心として多数の写真が公然と撮影され、その少なからぬ部分に原告等も撮影されている事実が認められる。以上の認定事実のいずれをとつてみても、本件撮影が原告等の主張するごとく密かに行われたものとは、到底想像することもできず、(成立に争いなき甲第一号証のこの写真中の原告両名の表情を見るに、原告等特に原告佐野は正にカメラを意識していることが明白である。)またこれらの事実を綜合すれば、原告等が撮影されることを欲せず、これを拒否し、或いは避けようとすれば、十分その機会があつたであろうこと、また右撮影の状況よりして、右撮影が報道のためであり、写真が或いは公表されるであろうことは認識し得たであろうことを認めることができる。

原告望月宏行本人尋問の結果によれば、右写真が「写真サロン」に掲載された直後、原告望月が被告東京温泉に赴き渉外部員に抗議したところ、同課員も公表を憤慨した事実が認められるが、被告東京温泉の営業が一種の人気稼業であり、原告等が屡々同温泉を利用する顔見知りの客であること(このことは証人池田の証言により明らかである。)等を考慮するときは、右事実は必ずしも前記認定と相反するものではない。

ひるがえつて、右写真の公表された雑誌「写真サロン」の性質をみると、それは一般アマチユア及びプロ写真家を読者層とする真面目な写真雑誌であり、低劣な好奇心を唆るようなものでないことが被告中田本人尋問の結果により明らかであり、また前記甲第一号証の二、三の本件写真及び説明記事を見ても、これを掲載することが必ずしも原告等の人格に対する不当な侵害であるとするにも当らない。

本件写真の「写真サロン」に掲載されたことが、予想外の反響を呼び、そのために原告等が少なからぬ迷惑をこうむつたことは原告両名本人尋問の結果に徴し窺うに難くないが、以上に認定したように、原告等は自己の姿態が撮影された時には公表されることもあるであろうことを黙認したものであり、且つ公表された雑誌の性質及びその方法が特に不穏当であることも認められないので、右撮影公表を以て被告等の不法行為であるとする原告の主張は理由がない。原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文により原告両名の平等負担とし、主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 菅澄晴)

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